「卒制展・三部作」に終わらず。
トピックをダラダラ書いていたのだが、
細分化して考えていくと
どんどんふくらみを持たせられるわけでして。
今回は、私の所属するデザインシステムコースだけではなく、
コミュニケーションデザインコースも含めた、
デザイン情報学科の視座を考えたい。
テーマは「デ情の伝播者たち」。
7月の最初の卒業制作ガイダンスの際に、
前年度の(基本的には)優秀作品の方を招いて話を伺う。
しかしそれ以降、個人的に面識があれば、
あるいは勇気を持って連絡先を伺ったりすれば、
継続的にお話を伺うことができるが、
卒業生との接点はその後あまりないと思われる。
これは、デザシス・コミデ両方に当てはまることで、
卒業生と接する機会を逃した結果、
どうしても過去の経験談の情報は、先生方や助手さんといった
大学とオフィシャルな関係を持つ相談相手しかいないことが、
必然的に多くなる。
オフィシャルな部分での蓄積とともに、さまざまな経路での情報発信、
コミュニケーション回路が必要だと感じた。
卒業生になられるみなさんが、どう後輩や社会にデ情のことを伝えていくのかで、
通信のデ情の将来の可能性が開けてくる気がしている。
特にデザシスは、最近認知度が増してきた言葉を使えば「風評被害」の側面がある。
制度、教員、そこに属する学生に対してのあれやこれやが、
第一部でも触れた巨大掲示板の書き込みをはじめとして、
メールや口コミなど、
いろんな形で流布している。
そうした情報を、これからムサビの門を叩こうとする人たちが
鵜呑みにしてしまうことの怖さは、
昨今の永田議員のように社会的信用を失いかねない事態も想像できる。
(それ以前に、ある種のメディアリテラシーで見分けて欲しいのだが……)
確かにこれまでのデザシス卒業生は10人程度と少ないのだが、
特に明日講評を受ける今年の卒業生たちは、
きっと(僕も含めた)後輩たちが望んでいる形で関わってくれると信じている。
もちろん、在学生としての僕自身も、
自分の属するコースに自信をもちたいと思う。
コミデとデザシスとの比較においては、
どうしてもコミデの方が
これまでの美大の学問系譜の流れや
やりたいことができそうなフワフワ感がいいのだが、
(ここで甘く見てしまう方も多いようです。特に進級時と専門課程で)
自分の居る学校や制度の建設的な批判はしても、
自分のいる学校の評判を落とすようなことを言えば、
それは自分の評判も落としかねないことはわきまえておく必要があると感じている。
特に30代40代の多いデザシスで僕がよく顔を合わす(といっても年に数回だが)仲間は、
(決して、某巨大掲示板に書き込んでいる主ではないという意味で)
ある意味大人だし、そうした点はわきまえている、はずだ。そう信じたい。
学校に期待していたものが結果として得られないことも往々にしてある。
その結果辞めていく方々もいらっしゃる。それは個々人の考えだから多種多様。
とはいえ、僕自身、卒業したら、
自信を持って学校やコースのことを薦められるようになれればいいな、
と考えている。
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